igomasの部屋

どうも、igomasです。ウルトラマンファン。ヒーローより怪獣、悪役が好き。今日も今日とて「悪役」考察♪

ダメージ計算論争について

 ポケモン対戦に特化したゲーム、ポケモンチャンピオンズのスマートフォン版がリリースされた。これにより、今までポケモン対戦をしたことがない人も手軽にポケモン対戦ができるようになり、新規プレイヤーが爆増した。そんな中、Twitter(現X)にて、ダメージ計算の是非が多数議論されている。

 ダメージ計算とは、自分のポケモンの技で相手にどのくらいのダメージを与えられるか、逆に相手の技のダメージで自分のポケモンがどのくらい削られるかを計算する外部ツールである。これにより、相手の技で自分のポケモンが倒れるかわからないという不安定な状況を回避することができたり、相手ポケモンの育て方を分析することができる。ポケモン対戦は、手計算や電卓をするのが難しい複雑な計算式のもとに成り立っており、こうした短時間でダメージ量を算定できるツールは、大変便利だ。他方、外部ツールを用いること自体が他のゲームでは珍しいため、新規勢からは違和感が拭えないようだ。それで、ダメージ計算の是非について様々な議論がなされているわけである。

 本記事では、そのようなダメージ計算論争について、考察していきたい。

 

 まず、ダメージ計算論争をTwitterで議論することが、悪手である。Twitterとは、各々が思ったことを口々に呟くツールであって、基本的には、他人の話を聞かない人が集まった無法地帯である。

 ダメージ計算論争においては、様々な論点が存在する。①対戦中に、ゲームの内部データを読み込んでダメージ計算をすることが、公式から禁止されているか、②対戦中にダメージ計算ツールを用いることが、公式から禁止されているか(ここから派生して、公式大会ルールとの異同はどのように考えるべきか)、③対戦外でダメージ計算ツールを用いることが、公式から禁止されているか、④公式から禁止されていないとしても、対戦外または対戦中にダメージ計算ツールを使うことはマナー違反ではないか、⑤公式から禁止されていないかつマナー違反ではないとしても、外部ツールであるダメージ計算ツールを使うことはそもそも不健全ではないか、⑥そもそもダメージ計算ツールを使えば対戦に勝てるのか、などである。上記のような様々な論点があることを念頭に置かず、何の論点について話しているのか明示しないまま呟く人がいたりする。 また先述のとおりTwitterでは、基本的には各々が文脈を無視して返信するため、たとえば①について議論している人の呟きに対して、③について返信する人が出てきたりする。したがって、Twitterの議論は殆どが不毛なものである。なお、私はTwitterを非難しているわけではない。Twitterとはそもそも、そうした他人の話を聞かない自分語りや、噛み合ってない会話を楽しむSNSだからだ。

 次に、ダメージ計算についてあれこれ議論したところで、何も結論は変わらない。今ダメージ計算ツールを使っている人は、誰が何と言おうがこれからもダメージ計算ツールを使うだろうし、ダメージ計算ツールを使わないと主義を固めている人はこれからも使わないだろう。では、何のために彼らは議論しているのだろうか、甚だ謎である。

 以上が、Twitterの議論を見て私が感じたことである。

 

せっかく①〜⑥の論点を挙げたので、これらについて私見を述べようと思う。

①対戦中に、ゲームの内部データを読み込んでダメージ計算をすることが、公式から禁止されているか

 利用規約を見る限り、禁止されていると思われる。

 

②対戦中にダメージ計算ツールを用いることが、公式から禁止されているか

 利用規約を見る限り、禁止されていないと思われる。

 

②’公式大会ルールとの異同はどのように考えるべきか

 公式大会ルールでは、スマートフォンの利用が禁止されている。したがって、ダメージ計算ツールも実質的に利用できなくなっている。もっとも、公式大会ルールは文字通り、公式大会のルールであって、これを自宅でのんびりやるポケモン対戦に当然には適用される類のものではない。公式大会ルールと普段の対戦でルールが異なっても、何の問題もないと考える。

 

③対戦外でダメージ計算ツールを用いることが、公式から禁止されているか

 禁止されていない。ダメージ計算はあくまで手計算、電卓での計算を簡略化するものであり、ダメージ計算論争は、対戦中の時間的制約の中で人力を超える方法を使ってよいかということにその発端がある。時間的制約のない対戦外でダメージ計算を用いることには何の問題もないと考える。また、参考として、公式大会でも事前にダメージ計算をすることが禁止されているわけではない。

④公式から禁止されていないとしても、対戦外または対戦中にダメージ計算ツールを使うことはマナー違反ではないか

 当然、マナー違反ではない。ポケモン対戦は、長い年月をかけて公式とプレイヤーによって形作られていった一つの文化である。そして、ダメージ計算はポケモンプレイヤーによって一般的に使われているツールである。ダメージ計算を使える、ということは、もはや当たり前のルールと化している。郷に入っては郷に従え、の言葉の通り、ダメージ計算を使うことに何の問題もない。海外の人が日本に来て、「蕎麦を音を立てて啜るのはマナー違反だ!」と言ってきても、いや日本では長年そうしてきましたけど?嫌なら自分の国に帰ってください、となるのと同様、文化に適用できないのであれば自分の好みに合ったゲームをしてください、としか言いようがない。

 なお、ポケモン対戦というものはそもそも命中不安技、状態異常や急所など、運が絡む不確定要素があまりに多く、ゲーム性として優れたものとはいえない。長期的な目で見ると実力はそれなりに出やすいゲームではあるが、ぶっちゃけ対戦上位勢の構築記事を見ても、「このポケモンは命中不安技をたくさん当ててくれて本当に偉かった」「低いレート帯の人としか当たらなくてレートが盛れなかった」と書いていることが多く、じゃあ最後の最後は結局運じゃん、と思うことはままある。その不完全さを、初心者や実力で負けている人にも勝ち筋がある面白い要素、と捉えるか、どんなに実力があっても運負けを誘発する面白くない要素と捉えるかは、人それぞれである。将棋とか、より実力が出やすい公平なルールはいくらでもある。もっと良いと思うゲームが他にあるなら、そちらをした方が心の健全に繋がる。それで対戦人口が少なくなっても、それはポケモン対戦というゲームの性質上仕方のないことだと考えている。

 

⑤公式から禁止されていないかつマナー違反ではないとしても、外部ツールであるダメージ計算ツールを使うことはそもそも不健全ではないか

 不健全である。そもそもゲーム内で完結せず、外部ツールを用いなければ対戦が成り立たないというのは不健全である。ここまでポケモンプレイヤーの中でダメージ計算ツールが普及している現状、本来であれば、公式がゲーム内にダメージ計算ツールを組み込むのが健全であろう。

 

⑥そもそもダメージ計算ツールを使えば対戦に勝てるのか、

 ダメージ計算を上手く使える人(相手のポケモンの育て方まで分析してそこから自分の戦術を構築する人)もいれば、ダメージ計算を使うのが下手な人(相手の攻撃を耐えるかどうかだけ計算して結局戦術に反映しない人)もいる。ダメージ計算が使えても、素早さ関係やタイプ相性などの他の対戦知識がない人もいる。また上述の通り、命中不安定技、状態異常、急所などの不確定要素もある。したがって、ダメージ計算ツールを使っても対戦に勝てるとは限らない。

 

 ということで、ダメージ計算論争についてのあれこれでした。

梅雨の特別企画:帰ってきたウルトラマン第33話「怪獣使いと少年」、ウルトラマンメビウス第32話「怪獣使いの遺産」感想記事

 皆さんこんにちは、igomasです! ウルトラマンの名作を振り返るシリーズ、ウルトラ名作探訪のお時間です。今回は、先日公式YouTubeで配信された、帰ってきたウルトラマンのムルチ回感想記事です。かなり重い作風で、放送当時から視聴者に強い印象を残し続けている名編。帰ってきたウルトラマンの中でも、5本指に入るくらい有名な回ではないでしょうか。おまけで、続編となるメビウスのゾアムルチ回も感想をつけています。それでは、さっそく見ていきましょう!

 

↓前回のウルトラ名作探訪はこちら

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帰ってきたウルトラマン第33話「怪獣使いと少年」

 日本人は一旦正しいと思えば、どんなに残忍な行為でも一緒になって平気でやってしまうところがある、というのを、環境問題と絡めて描いた名編。警察や市民が、郷が静止したにもかかわらず子供やお爺さんに容赦なく攻撃を仕掛け最後には死に至らしめるシーンや、そこから怪獣ムルチが現れて、工場の排気ガスに汚染された雨の街で戦うシーン。いずれもメッセージ性が強く出ており非常に良かったです。良少年がパンを売ってもらって、少し笑顔が戻るシーンとかも、微細な感情の変化にリアリティがあって好きなシーンですね。

 他方で、全体としてみるとあまり手放しには褒められないかなと。先にも言ったとおり、本作の1番伝えたいメッセージは、日本人の持つ残忍性とそれに対する怒り。ならば一番の見せ場はメイツ星人が死亡し、郷が市民に対して怒りを抱くシーン、ここのドラマ性だったのではないでしょうか。本作は意外にもメイツ星人死亡からのムルチ登場、郷の怒りがあっさりとしていて、どちらかといえば良少年がいじめられるパートの方がじっくり描かれています。日本人の群集心理に重きを置くなら、「中学生の悪ガキ3人」という小さなコミュニティではなく、もっと一般市民の感情をドラマとして描いた方がよかったのではないかなと思います。良少年に対する市民の思いとか、警察の動きとか、そっちを描いた方が、一般市民がメイツ星人を殺すシーンや、それに対する郷の怒りに、より説得力が増したのかなと。

 また、良少年がいじめられるシーンも、あまり良いものとは思えません。たとえば土に埋められて頭から泥水をかけられるシーン。ただ泥水をかけるだけじゃダメだったのか、土に埋める必要があったのか。絵面としても小学生くらいの子供がこんな仕打ちを食らっている様はあまり見たくはないです。悲惨さを出すとしても、もう少し別の表現方法がなかったのかなと。釜のご飯を地面にひっくり返させられて、拾おうとすると踏まれるシーンも、長尺にした割には後半ただの画像で済ませており、あえてシーンとして入れた割にはそこまで効果的になっていないのも微妙。あげく犬を爆発させるのはさすがにやりすぎで、やや悪趣味に思える作劇になっています。本作の伝えたい、根幹のメッセージ性自体は素晴らしいものですが、見せ方をもう少し変えれば、もっとメッセージが伝わるものになったのではないかと思います。だから手放しには、褒められません。そんな1話でした。

 あと個人的な好みの問題ですが、せっかくセンス抜群のタイトルなので、ムルチ登場時に一般人に一言「あいつ怪獣を放ってきたぞ」って言わせてタイトル回収させるとかあっても良かったかも。

 

 ということで、ムルチ回感想でした。ウルトラ名作探訪は、名作とはいえ、褒めるところは褒め、駄目なところは駄目と言う、をコンセプトに始めたシリーズなので、まさにそういう記事になったのではないかと思います。

 

ウルトラマンメビウス第32話「怪獣使いの遺産」

 良少年が結局どうなったのか、これを濁したままにしているのが、原作の空気感を守っておりとても良い。あと回想の良少年が笑顔なのも良い。色々と良少年の描き方に難のあった原作が、救われた気がして、凄く良い。そして、良少年を通じて、宇宙人と共存したいという気持ちが園長先生や保育園の子供に受け継がれていくという流れも、本当に良い。ただ、リュウ隊員が命令違反してメイツ星人を即撃ってるのがほんとダメ。めっちゃノイズ。そんな1話でした。

 あと脚本の都合とはいえ、「明らか村を襲っている宇宙人を前に、園児達を逃がさないで突っ立っている園長」という構図が不自然で、ここもあまり上手くないなと思うところ。

 ムルチ回が良い形で美化された点では評価できますが、話の都合とはいえリュウ隊員がだいぶ戦犯なのが歯がゆい回。各話評価でいうと○(△寄りの○)くらいの回でした。

 

まとめ

 ということで、ムルチ回、ゾアムルチ回の感想でした! テレビで再放送するのが特に難しいこういう話を、YouTubeを通して配信してくれるのは、本当にありがたいです。こういう配信を通して、ウルトラマンに興味を持ってもらえるきっかけにもなりますし、公式配信はめちゃくちゃ良いなと思います。今後も何か語りたいものができれば、記事にしたいと思います。

 それでは、また次の記事でお会いしましょう。igomasでした!

 

↓前回の特別企画記事はこちら

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ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー感想記事

 皆さんこんにちは、igomasです。今回は、ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービーの感想記事です。前作も面白かったので、今回も楽しみですね。それでは、さっそく見ていきましょう!

 

注)ネタバレを含みますので、未視聴の方はまずは映画館でぜひご視聴ください。

 

感想

 クッパJr.のキャラが良かったですね。お父さん大好きっ子で、応援したくなるキャラでした。今作はマリオやピーチを応援したくなる一方、敵側のクッパJr.も応援したくなるので、スポーツで両方のチームを応援してる感覚になります(笑) クッパJr.は、スーパーマリオワンダーやスーパーマリオサンシャインの要素もちらほらあり、原作由来のメカニックな要素が強調されていました。

 原作では、普段と違って宇宙征服の野望に燃えるクッパの壮大な計画が若干浮いているのですが、今作ではその理由づけがしっかりしていました。クッパJr.が小さい頃、子供を喜ばせるためにクッパが壮大な計画を語っていた、っていう、めっちゃ良いアレンジ。

 前作は「ドンキーコングはクランキーコングの息子」という、原作ファンがひっくり返るキャラ改変をやりましたが、今作では「ロゼッタはピーチ姫の姉だった」という新設定をぶち込んできました。ロゼッタの絵本に描かれていることって、基本的にロゼッタの自分語りなので、冒頭でおやおや?とは思っていたのですが、ここも綺麗に回収していました。今作のテーマは、クッパとクッパJr.の関係に代表されるように「家族」だと思うので、姉妹設定を入れるのは映画として見るとセオリー通りって感じがしました。さすがにぶっ込み過ぎているので、この設定がゲームに逆輸入されるかは、様子見といったところでしょうか。

 キノピオは今回も続投。ペンギンキノピオに変身し、前作よりアクションに磨きがかかってました。キノコ王国に降り注いだ黄色チコを探すシーンで、一瞬キノピオ隊長っぽい格好になってるのも良い。黄色チコは意外と出番少なめでした。

 今作はどちらかといえば、『ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー』というより、『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー2 ロゼッタとスーパーマリオギャラクシーの象徴的なシーンを添えて』って感じ。ピーチの手紙とか、キノコ王国のお祭りにスターピースが降ってくるところとか、UFOがピーチ城を地面ごと持ち上げるシーンとか、ほうき星の天文台が変形してクッパの大銀河帝国に突っ込んでいくシーンとか、原作そのものでしたね。他方、登場する場所はほうき星の天文台、書斎、ヘブンズドアギャラクシー、クッパの大銀河帝国くらいなもの。原作にあったバラエティ豊かなギャラクシーはいずれも登場せず。ヘブンズドアギャラクシーも大改造されててもはや別物になってました(笑) 色んな星に行って色んな宇宙人に会う、のではなく、色んな宇宙人がヘブンズドアギャラクシーに集まっている、そんな感じ。もうちょっと、ガブリュウとかベーゴマンキングとかポルタとか、宇宙ならではのバケモノ感のあるキャラたちが見てみたかったなと。なので、純然なスーパーマリオギャラクシーの映画では無いって感じでしたね。スーパーマリオギャラクシーらしい小ネタをたくさん求めていたので、その点はややガッカリ。原作のスーパーマリオギャラクシーの良いところって、ゲームとしての手触り、星が生まれ変わるというストーリー、あり得んくらいカッコいいマリオ&クッパなので、本シリーズに落とし込むのはちょっと難しかったのかなと。パマタリアンは、一セリフだけでも関西弁喋って欲しかったなぁ。

 今回はヨッシー初登場ということもあって、スーパーマリオワールドの小ネタも多かったです。最後の城建設シーンとか、ロゼッタがスーパーマリオワールド仕様になってて激アツでした。マントマリオも登場しましたね。それから最新作のスーパーマリオオデッセイネタも。アッチーニャに恐竜、ホロビアドラゴンが登場しました。あとスーパーマリオUSAを少々。この辺りでネタを回してたって感じですね。何気に、スーパーマリオギャラクシーの魅力の一つであるヘンテコ重力が唯一見られるのが、マムーのカジノという。あと、今作は任天堂キャラクターが多数登場します。フォックスをはじめ、ピクミン、ロボット、そしてMr.ゲーム&ウォッチが登場しました。Mr.ゲーム&ウォッチとホロビアドラゴンの対比は、クッパJr.とルイージの画力の差を表す名采配でした。BGMは、スターフォックスのアレンジ多めでしたね。

 前作のモチーフが、マリオ黎明期のレッキングクルー、スーパーマリオブラザーズ、スーパーマリオ64に加え、ドンキーコングシリーズ、果てはレースゲームであるマリオカートシリーズと、マリオファミリーの幅の広さを見せてくれました。今作はモチーフがいずれも2D、3Dマリオゲームかつ登場する任天堂キャラがマリオ関係ないキャラなので、そういう意味ではちょっと期待してたのとは違いました。エンタメとしては前作の方が好きかなと。もし次作があるなら、やはりマリオの幅の広さを見せてほしいなぁと。マリオパーティーとか、Newスーパーマリオブラザーズのミニゲームとか、マリオテニスとか、そこら辺の小ネタも欲しいなと。

 マリオのマニアックな小ネタは若干少なめ。唯一マニア向けだなと思ったのは、最終形態。前作でいうスーパースターポジションを飾るのが、まさかのフライングマリオというサプライズ。かなりマイナー変身なので(ほとんどの人が一度も見ることなくゲームクリアするレベル)、これを最終形態に持ってくるのは、かなり思い切ったと思います。最後にスピンで倒すというのも乙でした。ここは本当に良かった。それ以外は、ほねクッパにメガレッグ、ドンチュルゲ、チョッキー、クワカブトにUSJのシェフキノピオが出たくらい(まあまあマニアックか?)。

 あと今作は全体的に起承転結のうち、転の部分がほぼなくて、起承結って感じです。そして起承部分がめちゃくちゃ長い。マリオたちがヘブンズドアギャラクシーを出発したり、クッパJr.がクッパを見つけてクッパ軍団再結成したりするまでがかなり長く、だいぶお膳立てに時間がかかってるなと思いました。前作は初っ端からマリオ&ピーチ対クッパの構図が決まってたので、今作の起承の長さが際立ちます。マリオ&ルイージの成長物語という点でも、評論家スコアが前作より低いのはちょっと納得してしまいました。とは言いつつも、映画単体としては結構楽しめましたし、劇場に足を運んで良かったなと思う映画ではありました。

 ルマリーをまさかのポストクレジットシーンで出したのは、めちゃ笑いました。エンドクレジットのサプライズはデイジーでしたね。次作はワリオとか、ワルイージとか、キノピコとか出て欲しいな。ついでにタタンガも(笑)

 そんなわけで、ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー感想でした。次作も楽しみです。それでは、また次の記事でお会いしましょう。igomasでした!

ウルトラマンX 第4話「オール・フォー・ワン」感想記事

 皆さんこんにちは、igomasです。本日は、先日公式YouTubeでも配信された、ウルトラマンX 第4話「オール・フォー・ワン」について見ていきたいと思います。もうエックスも10年以上前の作品ですか。時が経つのは早いものですね。
 それでは、さっそく見ていきましょう!ネタバレありです!

 

《第4話感想》

すっごい荒削りだけど、
全部のキャラを意地でも深掘りする
面白い特撮を見せる
というのが伝わってきて、こういうのは好き

冒頭、めっちゃ強いアスナ
体を反らせての足蹴りは、今見てもほんと凄いです
隊員達の日常って感じがして、こういう訓練シーンは結構好きです
ワタルとハヤトが喧嘩になり、大地とアスナも含めてなんだか険悪な雰囲気に
君らそんなに仲悪くないだろ、さすがに展開雑すぎでは?とは思いました
さて、街にはザラブ星人が現れ、ベムスターが街を破壊。ビル破壊が爽快で良い
隊長は「なんか隊員の雰囲気最悪だな」と察してアスナに出撃命令
大地が襲われて取り乱すアスナ
アスナは大地の危機にパニックになっただけで、ワタルやハヤトと違って、別にチームワークを忘れて個人プレイに走ったわけではないので、後の隊長のお叱りは若干ズレている気もします。
大地はエックスに変身する際、ゴモラを落としてしまいます。ずっと身につけていたゴモラを落としたことで、後でアスナが「大地が死んだ」と思うきっかけになったり、大地がエックスにウルトラフレアの話をするきっかけになったり、こういう小道具の使い方は好きですね。雑っちゃ雑だけど。
エックス着地のダイナミックさとか、下から撮る特撮のカッコ良さとか、飛び上がる瓦礫や砂埃や火花の激しさとか、ウルトラマンがビルを蹴って怪獣に向かうのがヒロイックでありつつも現実的でないところとか、大地が左手をあげて殴ってるのにエックスは右手で殴ってる雑さとか、もう、全部が全部坂本浩一監督。
番組中盤でこれだけ市街地特撮ガツガツやってくれると、やっぱり嬉しいですね
ワタルとハヤトはザラブ星人と戦闘
ハヤトがワタルに出しゃばるなと言ってまだ怒っており、さすがにキャラ変が過ぎないか?
ベムスターはエックスを吸収して去り、大地は死んだみたいな展開に
気持ちを新たに3人はザラブ星人との再戦に臨みます。過程はやや雑ですが、ここのシーン、大地、アスナ、ワタル、ハヤト、隊長、副隊長、マモル、ルイ、タケル、チアキ、グルマン博士それぞれに役割があって、良く描いてるなとも思います。
2台の車がそれぞれドッキングしてザラブ星人を追い詰め、そこに最後の車が駆けつけるって展開は見ていてワクワクしましたね
ザラブ星人を倒すのはそのどれでもなく銃なのかよとは思いましたが
さて最後の車で向かったのは月
エックスを助けるためベムスターに立ち向かいます
中盤で市街地の戦闘、終盤で宇宙戦闘と、場所を分けて味変してくれるの良いですよね
エックスと大地の「一心同体だ」はちょっと雑に入れた感はありますが、ウルトラフレアについて両者の情報共有があったのは、序盤の展開としては非常に堅実で良いと思いました
生きていた大地に、アスナが話しかけるセリフが良い。大地とは同世代なんだけど、ちょっと先輩というか、お姉さん的な感じの立ち位置が良いですよね
そんなわけで4話でした

まぁ、粗は結構ありますし、ツッコミどころも多いですが、荒削りでも人物描写頑張るぞって姿勢が見えればまぁ良いかとなるものです
特撮も色んな画角で楽しませようとしていて良かったですね

 

 ということで、ウルトラマンX第4話感想でした。またこうやってニュージェネから単発で感想を書いたりすることもあるかもしれません。それでは、また次の記事でお会いしましょう、igomasでした!

 

↓ 以前書いたウルトラマンエックスの記事はこちらから

igomas.hatenablog.com

ウルトラマンのフォーマットについて

 皆さんこんにちは、igomasです。本日は、ウルトラマンのフォーマットについて、かなり深いところまで考えていければと思います。それでは、さっそく見ていきましょう!

 

 作品のフォーマットとは、作品づくりにおける「型」のこと。昭和・平成ウルトラマンでは、怪獣が現れ、主人公ら防衛隊が怪獣と戦い、負けそうになった時にウルトラマンが現れる。それ以外にこれといった縦軸はなく、あるとしてもほんの少しアレンジが加わる程度(エースの超獣、ダイナのスフィア怪獣、ガイアの根源破滅招来体、ネクサスのスペースビーストなど)。基本的には上記フォーマットを通年50話続けるのが、従来のウルトラマンでした。以下、これを「旧フォーマット」と呼びます。

 しかし50周年になって、新たなフォーマットが登場しました。ウルトラマンギンガ、ギンガSでその片鱗を見せ、ウルトラマンオーブで開花した、「新フォーマット」です。ウルトラマンオーブでは、メインヴィランが登場し、ヴィランが怪獣を召喚する。ウルトラマンがそれと戦う、という構図が取られました。主人公は防衛隊に所属しておらず、防衛隊は話の中心から離れていきました。以降の作品でもこの新フォーマットが採用され、ウルトラマンジードではついに、防衛隊が登場しないウルトラマンが誕生しました。

 たびたび言っていますが、旧フォーマットは文句のつけようのない、完璧なフォーマットです。怪獣が現れ、人間が抗おうとし、そこに第三者的な立ち位置として、ウルトラマンが介入してくる。これがウルトラマンシリーズの一番の面白さです。それを体現している旧フォーマットは、手放しに褒められる、秀逸なフォーマットです。

 対して、新フォーマットは色々と難点があります。怪獣という、存在するだけで脅威となる存在。そんなものが突然街に現れて、国が何の対策もしないということは普通あり得ない。怪獣が出たら防衛隊が設立されるのが自然な流れです。ウルトラマンジードのように、そもそも防衛隊が出現しない作品は、途轍もなくリアリティに欠けるわけです。ウルトラマンはそもそも、ウルトラマンや怪獣という虚構の存在を登場させるフィクションです。そこに一定程度のリアリティが加わることで、視聴者は作品に共感・没入できるわけです。怪獣が出ても防衛隊が設立されない、そんなリアリティの全くない世界では、浮世離れしすぎていて、登場人物や世界観に共感できない。そうなると、作品のクオリティが著しく下がります。

 また、メインヴィラン制度について。ウルトラマンの面白さは、人間と怪獣の戦いに、第三者としてのウルトラマンが介入してくるところにある、というのは先に述べたとおりです。これが、ウルトラマンと対立するメインヴィランが登場するとどうなるか。話の主軸が、人間と怪獣の戦いではなく、ウルトラマンとメインヴィランの戦いとなるのです。すなわち、ウルトラマンが第三者ではなく、当事者となるのです。これが非常にまずい。ウルトラマンシリーズが積み上げてきた面白さを、かなり台無しにしている部分です。

 そもそも、怪獣という圧倒的な脅威が、メインヴィランによって使役される、いつでも召喚したり戻したりできる下っぱポジションに成り下がるのは、怪獣の魅力を著しく下げてしまいます。

 大前提として、複雑な物語をこねくり回して作品を面白くすることは、素人でも簡単にできます。真に面白い作品とは、構造は簡単なのに、面白い作品だと思っています。作品の基本は、難しいことを簡単に、簡単なことを面白く表現するということです。

 メインヴィランを出せば、メインヴィランの生い立ち、悪に染まった経緯、など色々と描かなければならない。怪獣共存路線を描くのであれば、怪獣との向き合い方について、対立する2つの考え方を丁寧に描写して、相当な説得力のある結論に辿り着かなければならない、縦軸をやるのであれば、謎の出し方、情報の提示の仕方など、相当気を張って丁寧に描かなければならない。やることが増えるし、作品が無駄に複雑になっていく。

 旧フォーマットでは、全体の構造はシンプルにして、各話オムニバス形式の話のクオリティで勝負する、という形式をとっていました。しかし近年の新フォーマットは、全体の構造を複雑にして、そこで勝負をする、という形式になっています。話作りとして、そもそも旧フォーマットの方が上手いわけです。

 以上の理由から、新旧フォーマットでは、旧フォーマットの方が圧倒的に優れている、というお話をたびたびしてきました。この意見は、今も変わりません。

 

 では、ウルトラマンシリーズを旧フォーマットに戻すべきなのか。この点について、以前までは、旧フォーマットに戻すべきという立場を取っていましたが、最近私の考えが変わりました。これ、旧フォーマットに戻さない方が、良いんじゃないかな、と。

 どんなに完璧なフォーマットも、いずれは時代の流れに従って、廃れていくものです。たとえばタツノコプロの、タイムボカンシリーズ。街に三悪(女性1人、男性2人の3人組の悪役チーム)が現れ、メカを使って暴れ出す。主人公らがメカで迎えうつ。完璧なフォーマットだと思います。しかし時代の流れに従って、このフォーマットは通用しなくなっていった。

 たとえばスーパー戦隊。5人のヒーローが悪の組織と戦う、番組後半で敵怪人が巨大化しメカ戦闘になる、中盤で6人目の追加戦士が登場する。本当に素晴らしいフォーマットだと思いますが、時代の流れの中で、一端の終幕を迎えました。

 ウルトラマンの旧フォーマットは、上記の例以上に圧倒的な完成度を誇っており、旧フォーマットのままでいっても、十分シリーズは存続するものとは思います。でもよくよく考えて欲しい。いつかは、ドラえもんでさえ放送終了するかもしれない。いつかは、サザエさん、ちびまる子ちゃん、アンパンマンでさえも、放送終了するかもしれない。どんなに秀逸なフォーマットを持っていても、時代の流れによっていつかは廃れる。その流れにウルトラマンは100年後も、200年後も抗うことはできるでしょうか。

 たとえばポケモンの、サトシ。サトシの旅先で毎回ロケット団(ムサシ、コジロウ、ニャースの3人組)が悪事を働き、サトシがそれを止める。これも完璧なフォーマットでしたが、時代の流れに従って、ついにサトシの物語は幕を閉じました。その後、リコ・ロイを主人公としたお話が始まり、フォーマット自体は凡庸なものになってしまいましたが、それでもたしかに、アニメポケモンは今でも相当な熱量で続いています。

 たとえば仮面ライダー。昭和ライダーと平成1期の作風は全く異なるもので、作風をガラリと変えたことで続いています。平成2期以降はまた平成1期からガラリと作風を変え、より若い年齢層に向けたポップなものへと変化しました。平成2期は、平成1期に比べ、作品のリアリティはグッと落ちました。本ブログでも、ゼロワンについて昔かなり苦言を呈しましたね。それでもたしかに、仮面ライダーは今でも相当な熱量で続いているのです。

 新フォーマットは旧フォーマットに比べクオリティはかなり下がるかもしれない。でも、新しいフォーマットに挑戦することによって、100年単位、200年単位で見れば、シリーズ全体の寿命が延命されているかもしれないのです。旧フォーマットから離れるのは、時期尚早だった感も否めませんが、それでも、遅いよりは良い。新たなフォーマットに挑戦することは、早いに越したことはないのです。

 もちろん、たとえシリーズ全体の寿命が延命されていたとしても、作品のクオリティが下がることを正当化する理由にはなりません。クオリティの低い作品を100作品作るより、クオリティの高い作品を1作品作る方が、はるかに価値がある。手放しで褒められるような、そんな作品が、そろそろ生まれても良いのではないでしょうか。

 新フォーマットを採用してからの、ジード〜オメガ期は、かなり作品のクオリティ的にも苦しい時代でした。縦軸で描くべきことを上手く描ききれなかったり、そもそも登場人物の行動・セリフが支離滅裂だったりと、散々な作品も多く見受けられました。メイン監督もどんどん新しい監督に任せていくなど、かなり実験色の強い10年だったと思います。新しい挑戦により一定程度新規層を取り込めたことは事実ですが、相当数の視聴者層が離れていってしまったこともまた事実です。

 ウルトラマンは、60周年を迎えます。ここが、ある種明確な、「分水嶺」になると思われます。実験的な10年をまた繰り返し、寿命を先細らせてシリーズが終わり、「結局旧フォーマットでずっと作ってれば良かったね」となるのか、さらなる躍進を見せ、「あの10年があったからその後の100年があった」といえるようなシリーズになるのか。この60周年のこの瞬間、右肩上がりになるか、右肩下がりになるかで、今後10年、いや100年を決定づける、そんな重要な瞬間が今だと思います。

 

 新たなフォーマットで、クオリティの高い作品を作る。これは非常に難しいことです。

 そもそも、新しいフォーマット自体に問題がある場合、どうしても頭打ちになってしまいます。その場合、また新たなフォーマットに挑戦する必要が出てきます。

 実際、近年では、さらに新しいフォーマットが誕生しつつあります。デッカーからその片鱗を見せ、ブレーザー、アーク、オメガで開花した、「新々フォーマット」です。前半ではオムニバス形式の横軸中心にして、後半で縦軸を入れる。その際、メインヴィランの介入は極力控えめにする。新々フォーマットは、旧フォーマットと新フォーマットをブレンドしたものになっており、新フォーマットよりかは幾分か優れたものといえます。

 もっとも、この新々フォーマットも問題だらけです。新フォーマット時、2クールかけて縦軸がろくに描けなかったのにも関わらず、後半1クールだけで縦軸を描こうとするのは、今の製作陣的にとって、どだい無理な話です。やはり、前半のオムニバス展開も、後半の縦軸を意識して作る必要がある。オメガはそこを多少意識してやっていましたが、それでも問題点は山積みでした。新々フォーマットでも、いつかは頭打ちになる可能性が高いです。そうした時に、また新しいフォーマットに挑戦する。その繰り返しが、今後のウルトラマンに求められることだと思います。

 これから、様々なフォーマットが出てくると思いますが、私が期待したいのは、ウルトラマンシリーズの面白さを残すこと。つまり、「ウルトラマンの面白さは、人間と怪獣の戦いに、第三者としてのウルトラマンが介入してくるところにある」、これをいかに活かせるフォーマットにするかが、鍵になってくるのかなと。あとは、防衛隊をちゃんと登場させ、最低限のリアリティを持たせること。この2点だけ徹底すれば、あとは自由なフォーマットで、どんどん面白い名作が作り得ると思います。60周年を迎えたウルトラマンシリーズが、更なる躍進を遂げることを祈って、本記事を終わりたいと思います。

 それでは、また次の記事でお会いしましょう。igomasでした!

ウルトラマンデッカー総括記事

 皆さんこんにちは、igomasです。本日は、先日なんとか1〜25話感想を書き上げた、ウルトラマンデッカーの総括記事になっております。同じメイン監督の手がけるウルトラマンオメガを見た後だからこそ書ける、デッカー総括記事にしていければと思います。それでは、早速参りましょう!

↓前回記事はこちら

igomas.hatenablog.com

 

 

良い点

 順当にウルトラマンをやっているということ。これが、デッカーの1番の魅力です。怪獣が街で暴れており、それを止めるための防衛隊がいる。防衛隊に所属する主人公たちは、リアリティのある自然なキャラクター。毎回バラエティ豊かに登場する怪獣相手に、防衛隊、そしてウルトラマンがどう立ち向かうのかを描く。これこそ、オーソドックスなウルトラマンです。オーブ、ジード、ルーブ、タイガ、ゼット、トリガーと、変わり種を経てようやく、順当な防衛隊が戻ってきました。アスミカナタ、リュウモン、イチカの3人は、自然なキャラクターになっていて、非常に見やすかったです。不自然なキャラ造形だとそれだけでノイズになってしまうので、本当に、この3人で良かったなと思います。これを機に、ニュージェネレーションは大きな一歩を踏み出しましたね。デッカー以降は、地に足がついた、共感性の高い防衛チームが増えており、デッカーの偉大さが際立ちます。

 それから、前半はメインヴィラン的な立ち位置の敵を出さず、オムニバス形式で勝負したというのも評価したいところです。メインヴィランが怪獣を使役し召喚すると、怪獣が下っぱ戦闘員扱いになってどうも魅力に欠けますから。メインヴィランありきで物語を進めなかったのは、良い方向性だと思います。

 あと本作は、前作トリガーの、不評気味だったニュージェネレーションティガという要素を引き継いで、ニュージェネレーションダイナをしなければならないという制約がありました。しかし、トリガーのメンバーが火星に取り残されたことで、トリガーが変に邪魔しすぎず、デッカーの物語に集中できるようになりました。設定上も違和感がなく、本当に良い采配だったと思います。

 スフィア怪獣については、なんだかんだで色々作られましたね。スフィアザウルス、スフィアゴモラ、スフィアメガロゾーア、スフィアレッドキング、スフィアネオメガス、スフィアジオモス、マザースフィアザウルスなどなど。スフィア怪獣がバラエティに富んでいたのは良かったです。

 それから、メイン監督の武居監督の作品として、ルーブよりも成長が見られるということ。話やセリフのクオリティが、ルーブからはるかに良くなっていました。特に根本脚本との相性は抜群でしたね。各話記事でも褒めましたが、第3話は本当に丁寧に作られていたと思います。メイン監督をやっていて、右肩上がりに作品のクオリティが良くなるって、そうそうないことだと思うんです。武居監督は、ルーブ→デッカー→オメガと明らか作品のクオリティが上がっており、こんな成長を見せるのは、ニュージェネ監督の中でも武居監督だけだと思います。本当に凄いことです。

 

 そして、他のどのウルトラマン作品にもないデッカーならではの魅力として挙げられるのが、14話の展開。これが本当に面白かったです。後半に入って、まさかのデッカーの前任変身者が現れ、アスミカナタを差し置いて変身するというストーリー展開。本当に見ていてワクワクしました。デッカーの14話は、ニュージェネレーションシリーズの第14話の中で、圧倒的に1番面白いと思います。ニュージェネレーションで第14話が面白いのは、これとZくらいかな。ウルトラマンシリーズに新しい風が吹き始めた。そう感じさせてくれる、素晴らしい展開だったと思います。

 

悪い点

 トリガーの続編であるということニュージェネレーションダイナであること。これがなによりのマイナスになっています。

 トリガー客演回はとにかく、ほぼ全てのセリフが不自然なものになっており、ガクッと話のクオリティが下がってしまいました。前作主人公のマナカケンゴについても、アスミカナタによく分からない問いを提示して、それが物語上なんの意味もなさないという、描写の下手さ。もう少しこう、活かし方があったのではないかと思います。またトリガーの続編であるせいで、ダイナの物語となんら関係のない、ナースデッセイ号の存在が浮いています。デッカーはミクラス、ウインダム、アギラのカプセル怪獣要素も足していたので、余計に「ダイナ作品にセブン要素が邪魔してる」ような作品になってしまいました。

 ニュージェネレーションダイナであることについて、そもそも、過去作の焼き回しみたいな作品、別に視聴者は望んでいないわけで。ダイナオマージュのウルトラマンを作る、という企画そのものにあまり魅力がありません。また主人公のアスミカナタのキャラクターは、ダイナを意識したものだったのだと思いますが、劇中「努力の天才」と言われているにもかかわらず、たいした「努力」が描かれず、たまに筋トレしてるだけの人程度の描かれ方だったのが、本当にもったいないです。全然、主人公としての魅力を描ききれていないと思います。怪獣についても、ダイナの重厚感がまったくないモンスアーガーに、全然カッコよくないグレゴール人が出た程度。平成怪獣に対するリスペクトがあまりにない上、原典と比べると、大きく魅力に欠けていました。結果、ダイナを表面だけオマージュして、ダイナならではの良さが全くない作品になってしまった。これがすごく惜しいです。トリガーもデッカーも、元の作品を土足で踏み荒らしたにすぎず、とてもティガ、ダイナになり変わることなどできません。ニュージェネレーションダイナというのは、本作において全くいらない要素だったと思います。

 

 防衛隊メンバーについては、正直まだまだ描写不足。アスミカナタの魅力が出しきれていないことは先に述べたとおり。リュウモン、イチカについても、もっと魅力あるキャラに描けたのではないかと思います。カイザキ副隊長はネオメガス回での大やらかしが尾を引いてあまり好きになれず。隊長の人を見る目は確かだし、良い人には違いないのですが、やはり主人公の描写不足のせいで、隊長のいう「努力の天才」の説得力がなく、連鎖的に隊長の魅力も削がれてしまいました。

 そして縦軸。これは全然ダメダメでした。アガムスがどうして闇落ちするに至ったのか、というシーンついては、丁寧に描写しようという姿勢は見受けられました。それ以外はほぼ、褒めるところなしだったかなと。アガムスの改心の過程とかも、幾らでもちゃんと描写できたでしょうに。見ていて全然説得力がなく、またヴィランとしての魅力も感じられませんでした。アガムス役の役者さん自体はすごく好きなので、ほんと、脚本がもったいなさすぎる。

 脚本で言うと、デッカーはとにかく単語で語らせがち。全体的に言葉足らずでした。第1話や最終回のアスミカナタの「俺…俺ってなんだ?」とか、アガムスの単語連呼シーンとか、もう少し、セリフどうにかならなかったのかなと。

 メイン監督の武居監督についても、ルーブから成長はしているものの、最終回にいきなり変なことするとか、ヴィランの描き方が微妙とか、ルーブの問題点は割とそのままでした。デッカーでこういうところをもっと詰めておれば、オメガは更に良い作品になっていたかもしれない。そう思うと、デッカー、もうちょっと頑張って欲しかったなとは思います。

 各話でいえば、だいたいトリガー回がダメダメでした。とにかくセリフが不自然で、物語に全然集中できませんでした。

 それからグレゴール人のプロレス回も、だいぶダメダメ回でした。そもそも戦闘機と宇宙人の戦いをプロレスと言いきるのは、さすがに共感し難く、他にも色々とツッコミどころのある回でしたね。

 ネオメガス回は、怪獣共存の話が本当にバランス感覚に欠けておりダメダメでした。ネオメガス(×)→ホムガー(×)→ゲドラゴ(△)と、少なくとも右肩下がりにはなっていないのが、せめてもの救いではありますが。

 デッカーは先述の通り、14話の展開が面白かったものの、それ以外の回はこれといって好みの展開がなく、もっと横軸はバラエティに富んでほしかったです。横軸でも縦軸でも、もっと刺さる展開が2、3あれば、個人的な評価はグンと上がっていたと思います。

 

 ということで、ウルトラマンデッカー総括でした。トリガーからのV字回復、メイン監督のルーブからの成長、防衛隊の雰囲気の良さ、などなど、前作と比べると安心して見られる要素は多かったですし、ここからオメガに繋がったと思うと、大変感慨深い作品です。

 最後に、デッカー各話評価と、私個人のニュージェネレーションランキングを更新して、記事を終わりたいと思います。それでは、また次の記事でお会いしましょう、igomasでした!

 

デッカー各話評価

 いつもの如く、◎(良回)、○(まぁ良い回)、△(惜しい回)、×(ダメダメ回)の4段階評価です。私好みの要素がある回については、4段階評価とは関係なく、☆マークをつけています。

1△

2○

3◎

4△

5○(◎に近い○)

6○(◎に近い○)

7△

9××

10×

11△

12△

14◎☆

15◎

16△

17△

18〇

19△

20○

21○

22△(○に近い△)

23△(○に近い△)

24△

25△

 

〈igomasニュージェネレーションランキング〉

1位:ウルトラマンエックス

2位:ウルトラマンオーブ

3位:ウルトラマンオメガ

4位:ウルトラマンアーク

5位:ウルトラマンギンガ

6位:ウルトラマンジード

7位:ウルトラマンデッカー ←New!!

8位:ウルトラマンブレーザー

9位:ウルトラマンタイガ

10位:ウルトラマンギンガS

11位:ウルトラマンルーブ

 

↓オメガ総括記事はこちらから

igomas.hatenablog.com

ウルトラマンデッカー24~25話感想 デッカー最終回!!!

 皆さんこんにちは、igomasです。長らくお待たせしました、ついにデッカー感想最終回です! 果たしてデッカーの物語はどのような終着点を迎えるのか、アガムスとの決着、マザースフィアザウルスとの決戦、新生ガッツセレクトの命運やいかに!!!!!!

↓前回のデッカー感想はこちら

igomas.hatenablog.com

 

 

【24話感想】

 最後はもちろん、武居・根元コンビ。

 冒頭、医務室にてカナタを心配する、リュウモンとハネジロー。起き上がったカナタの身体には、スフィアが侵食し始めていました。

 スフィアのバリア収縮まで残り3時間。スフィアオベリスクを叩く最終作戦が始まります。

 カナタ、リュウモン、イチカ、副隊長がそれぞれ班を指揮し、四方から作戦を進めます。メガアース活躍するの、いいね。昔使ったアイテムの再登場は、好きな演出です。

 宇宙中のたくさんの仲間と、幸せな未来を作る、というレリアの夢を語るカナタ。ちょっとアガムスの改心が唐突でよくわからん。

 オベリスクを壊して地球のバリアが消えるのもよくわからん。

 スフィアに侵食され、変身アイテムも壊れかなり絶望感のあるラスト。

 

【25話感想】

 隊長がカナタを努力の天才というのだけど、どうも納得感が薄い。これまでの話で、明確に掘り下げが足りていない部分だと思います。

 副隊長の、本当に良いチームに成長しましたねってセリフも納得感が薄い。そもそも作戦をみんなで決めましたって言った直後に、「決めてないよ」って泣きわめく人がいる時点で、一丸にはなってないです(笑)

 マナカさんがウルトラマントリガー!?は演技がちょっと露骨過ぎたかなと。一気に緩急つけてギャグ入れようというのは分かるんですが、やや強引で演技もぎこちなかったかなと。そもそも直前までやってた「カナタが死ぬかもしれないから隊長は簡単に認めるわけには…」の話どこ行った。

 

「ファルコンは元々無人機だから、乗り心地は最悪なんだ」

「TPU訓練校宇宙開発課を舐めんな」

 過去のセリフを使うのは良いんだけど、これも上手くハマってませんでした。とりあえず無理矢理ねじ込んだ感じで、会話として自然な流れとは言い難かったです。

 

 前作主人公がなんの戦闘もなくマザースフィアザウルスからエネルギーを吸収して退場って…もうちょっと良い使い方なかったのか…

 カナタはスフィアに寄生されて衰弱中。描写を見ても、まだマナカケンゴの方が、カナタより全然戦力になりそうなものですが…ちょっと脚本の都合すぎるかなと。

 

 最終決戦ですが、うーん、なぜスフィアに喋らせた? 少なくともデッカーという作品には必要なかったなと。

「全宇宙のすべての命をひとつに」

 人間とスフィアの思想の対立とか今まで全くやっていないのに、なんで、最終話で入れようとしたのか。武居監督はこういう、最終回でいきなり意味の分からないことをやる癖があり(ルーブでも、最終回でいきなり妹がクリスタルとかいうわけの分からない展開を導入していました)、こう、もう少し普通に着地して欲しいところで、変な方向に飛び出して唖然とします。

 カナタの「俺…俺ってなんだ?」とかもセリフが酷い。デッカーって、単語で話すところがあって。もう少し文章で喋って欲しいです。身体に侵食したスフィア消えるのも都合良すぎです。

 

 マザースフィアザウルスを倒せば、地球の全スフィアもバリアも全部消滅しました、火星のスフィアも全部消えました、未来のスフィアも消えました、めでたしめでたしはちょっと都合が良すぎる。特に説明もないままハッピーエンドになって、ただただ困惑。

 

 戦いを終えて、カナタはケンゴに言います。「結局戦いの先に何があるのか答えは見つかりませんでした。でも俺はこれからもこうやって生きていきます。目の前にあることを一つ一つ、それが、未来につながると信じて」

 それに対してケンゴは、「うんそれで良いんじゃないかな。」……うんそれで良いんじゃないかなじゃないよ! ほんとなんだったんだこれ(笑)

 カナタがもともと「何がやりたいのか」を悩み続けていて、ケンゴにアドバイスを求めるとかならいいんですけど(エックスの先輩ウルトラマンとかはそうでしたよね)、なんの脈絡もなくただよく分からない問いを提示して、それが物語上たいして何の意味もなさない前作主人公。あまりに酷すぎるよ!

 

【まとめ】

 ということで、デッカー最終回感想でした。最終回感想の筆がなぜこれほどまでに乗らなかったのか、なんとなく分かっていただけたかと思います。また総括記事も出しますので、そちらもよろしくお願いします。それでは次の記事でお会いしましょう、igomasでした!