igomasの部屋

どうも、igomasです。ウルトラマンファン。ヒーローより怪獣、悪役が好き。今日も今日とて「悪役」考察♪

スパイダーマン:ブランニューデイを観る前に

 皆さんこんにちは、igomasです。今回は、スパイダーマン最新作、ブランニューデイを観る前に、押さえておきたいポイントをまとめておきました!
 なお、本記事は私が映画を見るに作成したものですので、その点ご了承ください。

 

↓前回のMCU記事はこちらから

igomas.hatenablog.com

 

 

【基本情報】

 MCUスパイダーマンシリーズの4作目。3人のスパイダーマンが集まった前作『スパイダーマンノーウェイホーム』の続編で、スパイダーマンことピーターパーカーの新しいヒーロー生活が描かれます。

 

【前作までの流れをおさらい】

 アイアンマンとキャプテン・アメリカが対立した『シビルウォー/キャプテン・アメリカ』にて、アイアンマン陣営としてMCU世界に初登場したスパイダーマン(ピーターパーカー)。その後もアイアンマンの弟子として活躍し、MCUスパイダーマン1作目『スパイダーマン/ホームカミング』や『アベンジャーズ/インフィニティウォー』ではアイアンマンとともに敵と戦いました。
 『アベンジャーズ/エンドゲーム』でアイアンマンを亡くし、メンタルを酷くやられたピーター。その心の穴につけ込んだのが、ミステリオでした。MCUスパイダーマン2作目『スパイダーマン/ファーフロムホーム』の最後でミステリオは、「スパイダーマンの正体がピーターパーカーである」ということを全世界にバラし、「悪党のスパイダーマンがミステリオを殺害した」というデマを流したことで、ピーターは窮地に立たされます。
 ピーターはドクター・ストレンジに頼んで、「世界中からスパイダーマンの正体がピーターパーカーだという存在を消す」呪文をかけてもらうも、呪文が失敗しマルチバースから大量のヴィランが乱入することに。ピーターは、別世界のスパイダーマンと協力してヴィラン軍団を止めましたが、世界を滅亡の危機から救うため、最後は「この世界からピーターパーカーという人間の記憶を消す呪文」をドクター・ストレンジにかけてもらいます。結果、ピーターの彼女【MJ】と親友の【ネッド】はピーターの存在を忘れてしまいます。

 

【現時点のピーターパーカーの状態】

 「この世界からピーターパーカーという人間の存在を消す呪文」がかけられたため、ピーターパーカーという人間に関するあらゆる記憶や記録はこの世から抹消されています。例えば2作目の修学旅行でピーターが映っている写真は全て、ピーターの部分だけが消されています。また、ピーターという存在そのものがこの世から消えているので、ピーターの高校の在学記録は全て抹消されており、ピーターが大学受験のため、高校卒業検定試験を受けなければなりませんでした。ピーターの彼女MJ、親友のネッド、今まで一緒に戦ってきたヒーロー(ドクター・ストレンジ)の記憶から、ピーターという人間の存在は完全に消えています。
 他方で、世界中から「スパイダーマン」というヒーローの記憶は消えていないので、他のヒーローは「スパイダーマンと昔一緒に戦った」という記憶は持っているようです。また、一般人については、ミステリオが流した「悪党のスパイダーマンがミステリオを殺害した」というデマを信じている状態です。これまでスパイダーマンに実際に助けられたことがある人はスパイダーマンのことをよく思っているかもしれませんが、デマに流されて、スパイダーマンに懐疑的な気持ちを抱いている人も一定数いるでしょう。
 なお、スパイダーマンの彼女MJは、ピーターと「ピーターの記憶が消えてもまた会いにきて思い出させて」と約束していました。が、前作最後、ピーターはMJが怪我をしているのを見て、危険に巻き込めないと思い、正体を明かさず去ってしまいました。MJは今でも、スパイダーマンの正体がピーターであることや、ピーターと付き合っていたことを忘れている状態です。
 親友ネッドもピーターのことを忘れていますが、スパイダーマンに何らかのシンパシーを感じているらしく記憶を失って以降、スパイダーマンのファンをやっているようです。

 

【現在のニューヨークの状態】

   スパイダーマンが拠点を置くニューヨークでは、最近まで大きな事件がありました。
 ニューヨークの裏社会を牛耳る犯罪王【キングピン】(画像左)が、あろうことかニューヨーク市長に当選し、強権的な警察部隊を出動させて、反キングピン派のヒーローや一般人を虐殺・拉致するという恐怖政治を行っていました。
 キングピンを食い止めるべく立ち上がったのが、昼は盲目の弁護士、夜は自警団ヒーロー【デアデビル】として活躍する男、【マットマードック】。彼は仲間のヒーローたちと協力してキングピンの野望を阻止し、キングピンをニューヨークから追い出すことに成功します。デアデビルことマットマードックはその後、投獄されてしまいます。詳しくは、ドラマ【デアデビル:ボーンアゲインシーズン1、2】をご視聴ください。
 キングピンの部下として働かされ、キングピンの圧政に苦しんでいた政治家【シーラ】がスパイダーマンと笑顔でツーショットを撮っているシーンが予告にあります。おそらくは、キングピンが去ったニューヨークにて、シーラが市長をつとめているということだと思われます。
 今作は、デアデビルボーンアゲインの影響を強く受けていると思われます。

 

【デアデビル関連で、抑えておきたいこと】

 デアデビルとともに、キングピンを倒すために立ち上がったヒーロー(?)、それが処刑人【パニッシャー】です。彼は家族(妻、子供2人)を何者かに殺されて、復讐人と化した人物です。家族が殺されたことには、昔所属していた軍隊の暗部や、巨大な裏社会のマフィアなど多数の人間が関わっていて、パニッシャーはその全員を皆殺しにしていっています。「家族を殺した犯人を皆殺しにする」がポリシーなので、純粋なヒーローとはだいぶ異なるキャラクターです。
 殺しを好まないデアデビルやスパイダーマンとは対立することもしばしば。実は原作コミックでも、初登場時はスパイダーマンの敵キャラとして登場したキャラクターです。本作でもスパイダーマンと若干対立しつつも、ヒーロー同士力を貸してくれるようです。

 また本作では、デアデビルとかつて対立した忍者組織【ヤミノテ】またの名を【ザ・ハンド】の登場も確定しています。(詳しくは、ドラマ デアデビルシーズン2参照)

【スパイダーマンに襲いかかる悪党軍団】
 【スコーピオン】こと【マックガーガン】。毒のついた尻尾で攻撃してくるサソリモチーフのヴィラン。マックガーガンはMCUスパイダーマン1作目『スパイダーマンホームカミング』にて、ヴァルチャーの取引相手として登場しており、裏取引をスパイダーマンに邪魔されたことから、スパイダーマンに強い恨みを抱いてきます。
【ショッカー】は『スパイダーマンホームカミング』でヴァルチャーの部下として登場。本作にも登場するかも? また、ブーメランやタランチュラの登場も発表されています。
 裏社会を牛耳って統率を取っていたキングピンがいなくなったことで、マフィアの抗争が激化し、街が大混乱に陥ることが予想されます。レゴにて登場が確定している【トゥームストーン】などは、原作でも結構重要なマフィアのキャラなので、今作でキングピンなき後のニューヨークを牛耳ろうとしているのかもしれません。

 

【謎のキャラ】

 本作では、女優のセイディー・シンクが重要なキャラクターを演じることが発表されています。一説には、X-MENの能力者を演じるのではないかと噂されていますが、セイディー・シンクが実際に誰を演じるのかは未だに明かされていません。

 

【アベンジャーズドゥームズデイに向けて】

 本作の後には、アベンジャーズドゥームズデイの公開が控えています。アベンジャーズに繋がる、重要な展開があるかも?

 

【ダメージコントロール局】

 もとはトニースタークが設立した組織。ヒーローが戦って去った後には、いつも破壊された街が残ります。ダメージコントロール局はそうした街の瓦礫を掃除して、街を再建する組織です。『アベンジャーズ』でロキが宇宙から軍隊を招き入れ、アベンジャーズと戦った後のニューヨークを掃除するために発足されました。
 もっとも、同じくニューヨークを掃除しようと民間会社を立ち上げ人を雇って既に作業を開始していたエイドリアントゥームスを半ば強引に追い出して怒りを買ったり(エイドアントゥームスはのちにヴァルチャーとなってトニーやピーターを苦しめます)、感じの悪い組織、というイメージがついてまわります。ミステリオ事件以降は、創設者であるトニーの会社を捜索する他、ピーターやメイおばさん、MJやネッドを厳しく取調べていました。ミズマーベル、シーハルク、ワンダーマンなどのヒーローとも対立することが多く、中には成果主義のために能力者狩りに走るような職員もいる始末。そんな胡散臭い組織ではありますが、今回の映画にもダメージコントロール局が登場するようです。

 

【ハルク】

 今回の映画では、ハルクことブルースバナー博士も登場するようです。どんな活躍を見せてくれるか、楽しみですね。

 

 ということで、スパイダーマンブランニューデイを観る前に、でした!!

ウルトラマンテオ第1話感想

ウルトラマンテオ第1話感想記事

 

 皆さんこんにちは、igomasです。今回は、ついに始まったウルトラマン新作、ウルトラマンテオの感想記事です! ネコみたいな顔が可愛い、青いウルトラマンですね。

 今回は円谷のお馴染み監督陣はほぼ関わっておらず、60周年記念作品の割に、半ば外注作品みたいな感じありますが、果たしてどうなるか。

 

(第一話感想)

 良かったです

 どの登場人物も現実世界にもいそうなリアリティがあって、セリフも不自然なものがなく、普通にちゃんとドラマって感じでした。大学の同級生たちは、物語上はまだあまり絡まないモブって感じですが、その少しのセリフや動作だけでもキャラの個性がちゃんと出ていて良かったです。ワタルが歳上らしくイブキを気にかけアドバイスするところとか、リンタロウがイブキをちょっとうざったく感じて避けたり物言いが若干強いところとかところとか、エマがイブキに「気にしなくていいよ」とフォローするけどまだ一緒にご飯を食べるほど仲良くはない感じとか、カンナが最初ちょっと感じ悪いけど隕石に興味を持ってる子でイブキを追っかけてきてイブキを逃がそうとしてくれたり犬や子供を気にかけたりする根は優しい人だとか、どの描写もドラマとして非常に良かったですね。

 食堂で独りぼっちのテオのカット、第1話の中で一番良かったです。姿は人間を模してるけど、心理描写になるとやはりテオの姿で映すのが理にかなってます。テオの本編初登場カットをこれにするって、すごく良い判断。

 プッチーとの出会いも良いですね。心優しい宇宙人といっても、つまるところ宇宙人で、結局人間とは馴染めなくて、最初に心を通わせるのは宇宙生物というところに、妙なリアリティがある。

 そんなに役者に演技力があるわけじゃなく、演技力に頼るんじゃなくて、完成度の高い脚本力でサポートしていくって感じが、昔のウルトラマンって感じがして良きです。

 冒頭、イブキ初登場シーンで、犬のボールが転がってくるのも良いよね。獣医学科というウルトラマンに今までになかった設定にぴったりのアイテムを持ってくるこの構築力。冒頭の少年が単なるモブにとどまらず、後半で主人公が変身する理由づけになっているというのもお見事です。

 犬のシーンから、大学のシーンになって、動物をちゃんと何匹か映してくれてるのも良いですよね。作品の世界観にグッと入っていけます。糞を持って帰る帰らないで、主人公が宇宙人という設定を活かしたひとネタを作り、それを通してさっき言ったようなキャラクターの個性を出しているというのも上手いなと。ほんとドラマが安心して観られました。

 特撮パートについては、新怪獣ヴィアロガの顔がアップになった時に、牙とは別に人間の歯みたいなのが生えてるというグロさが良い。ちゃんと恐ろしさがあります。

 

 他方、気になった点も幾つかあります。

 冒頭の、テオの星が襲われるシーン。たしかにCGとかも色々使ってはいたのですが、なんというかこう、面が説明的・すぎる。テオの星に怪獣が攻めてきましたよ。星が爆発してテオは逃げましたよ。ナレーションはないけど、ナレーションがあるのと同じくらい説明的すぎる。あまりに単調かつ抑えすぎて、もっと画としての迫力や緊迫感が欲しかったなと思います。

 あとそもそも、冒頭敵の戦艦が真ん中にどーんと映るシーンから始まるんですけど、敵側の視点から始まるのがちょっと気になる。我々視聴者はテオ側の視点で感情移入したいわけで、征服者側の視点で始まるのは、魅せ方として不自然です。スターウォーズエピソード4冒頭みたいな、敵が襲ってくるシーンから始まる映画でも、敵戦艦を中央に配置せず、ちょっと横にずらしてるんですよね。この場合、「敵が襲ってきた」という状況そのものを俯瞰して見る構図になるので、主人公側に感情移入できる。テオは完全に敵の視点で始まるので、この点だいぶ違和感がありました。

 主人公の初セリフが「お前」なのはなんかちょっと嫌です。

 イブキがヴィアロガに怯えて、変身するかどうか、というのが第1話の肝だと思うのですが、もうちょっとどうにかならなかったのかなとは思います。変身シーン、もうちょっと犬やイブキの描写で絶望感出せなかったのかなと。イブキめっちゃ怖いはずなんだけど、ヴィアロガが火を吐くまで声も出してないしそんなに息が荒くもなってない。犬もずっとキョロキョロしてるし。「故郷を失った主人公が怪獣に挑む」というのが今作の大きなテーマなわけで、主人公と地球人とのふれ合いはそれに付随するものです。今回は大学のシーンを入れすぎたことで、作品の大きなテーマを丁寧に描写する時間が足りず、その分作品としての屋台骨がやや心許ないものになってしまいました。

 あとイブキ、ちょっと走り方が変。

 テオに変身してからの特撮は、あんまり記憶に残らないというか、特にパッとしない戦闘でした。ビルもCG合成って感じで、あんまり辻本監督お得意のミニチュア特撮も使わないし、辻本監督だからこそ出る良さみたいなものはあまり感じられませんでした。

 テオがまだ弱くてバリアで防ぎきれない、みたいな描写は良かったですが、それだけ力の差があって、そこからどうやって勝つまで持って行ったのか、戦闘にあんまり説得力がありませんでした。なんかご都合で勝った感じが凄くある。ヴィアロガが光線撃たれて回るのもよく分からんし。

 テオが姿もまだ見えてない宇宙生物(プッチー)に歩み寄るのもぶっちゃけよく分かんなかったです。宇宙生物に故郷滅ぼされたならもうちょっと警戒するのが普通では。プッチーの船は禍々しく光ったりしておらず、逆にヴィアロガの彗星は禍々しく赤く光ってたのでその対比でプッチーの方は安全と示したかったのかもだけど、冒頭テオの星にヴィアロガを放った母艦とプッチーの乗ってた船があまりに似てたので、その辺りの描写もあまり納得できず。

 あと志賀今日子の謎英語会議シーン、全然必要性を感じませんでした。別に第1話で全キャラ見せようとせずとも、キャラを絞ってでも見せるべき画に時間をかけた方が良かったと思います。どうしても出したいにしても、もっと尺は短くていい(5秒出てくるくらいでいい)。これのせいで割と尺カツカツになって初変身とかの描写不足に繋がった説あります。

 そしてエンディングに歌詞ないのは勿体無いよ。

 

 ドラマ的にはちゃんと抑えてるけど、ウルトラマンはしっかりしたドラマとワクワクする特撮が有機的に繋がることで面白くなる作品なので、その点は微妙かな、という感じです。

○(◎に近い○)

ダメージ計算論争について

 ポケモン対戦に特化したゲーム、ポケモンチャンピオンズのスマートフォン版がリリースされた。これにより、今までポケモン対戦をしたことがない人も手軽にポケモン対戦ができるようになり、新規プレイヤーが爆増した。そんな中、Twitter(現X)にて、ダメージ計算の是非が多数議論されている。

 ダメージ計算とは、自分のポケモンの技で相手にどのくらいのダメージを与えられるか、逆に相手の技のダメージで自分のポケモンがどのくらい削られるかを計算する外部ツールである。これにより、相手の技で自分のポケモンが倒れるかわからないという不安定な状況を回避することができたり、相手ポケモンの育て方を分析することができる。ポケモン対戦は、手計算や電卓をするのが難しい複雑な計算式のもとに成り立っており、こうした短時間でダメージ量を算定できるツールは、大変便利だ。他方、外部ツールを用いること自体が他のゲームでは珍しいため、新規勢からは違和感が拭えないようだ。それで、ダメージ計算の是非について様々な議論がなされているわけである。

 本記事では、そのようなダメージ計算論争について、考察していきたい。

 

 まず、ダメージ計算論争をTwitterで議論することが、悪手である。Twitterとは、各々が思ったことを口々に呟くツールであって、基本的には、他人の話を聞かない人が集まった無法地帯である。

 ダメージ計算論争においては、様々な論点が存在する。①対戦中に、ゲームの内部データを読み込んでダメージ計算をすることが、公式から禁止されているか、②対戦中にダメージ計算ツールを用いることが、公式から禁止されているか(ここから派生して、公式大会ルールとの異同はどのように考えるべきか)、③対戦外でダメージ計算ツールを用いることが、公式から禁止されているか、④公式から禁止されていないとしても、対戦外または対戦中にダメージ計算ツールを使うことはマナー違反ではないか、⑤公式から禁止されていないかつマナー違反ではないとしても、外部ツールであるダメージ計算ツールを使うことはそもそも不健全ではないか、⑥そもそもダメージ計算ツールを使えば対戦に勝てるのか、などである。上記のような様々な論点があることを念頭に置かず、何の論点について話しているのか明示しないまま呟く人がいたりする。 また先述のとおりTwitterでは、基本的には各々が文脈を無視して返信するため、たとえば①について議論している人の呟きに対して、③について返信する人が出てきたりする。したがって、Twitterの議論は殆どが不毛なものである。なお、私はTwitterを非難しているわけではない。Twitterとはそもそも、そうした他人の話を聞かない自分語りや、噛み合ってない会話を楽しむSNSだからだ。

 次に、ダメージ計算についてあれこれ議論したところで、何も結論は変わらない。今ダメージ計算ツールを使っている人は、誰が何と言おうがこれからもダメージ計算ツールを使うだろうし、ダメージ計算ツールを使わないと主義を固めている人はこれからも使わないだろう。では、何のために彼らは議論しているのだろうか、甚だ謎である。

 以上が、Twitterの議論を見て私が感じたことである。

 

せっかく①〜⑥の論点を挙げたので、これらについて私見を述べようと思う。

①対戦中に、ゲームの内部データを読み込んでダメージ計算をすることが、公式から禁止されているか

 利用規約を見る限り、禁止されていると思われる。

 

②対戦中にダメージ計算ツールを用いることが、公式から禁止されているか

 利用規約を見る限り、禁止されていないと思われる。

 

②’公式大会ルールとの異同はどのように考えるべきか

 公式大会ルールでは、スマートフォンの利用が禁止されている。したがって、ダメージ計算ツールも実質的に利用できなくなっている。もっとも、公式大会ルールは文字通り、公式大会のルールであって、これを自宅でのんびりやるポケモン対戦に当然には適用される類のものではない。公式大会ルールと普段の対戦でルールが異なっても、何の問題もないと考える。

 

③対戦外でダメージ計算ツールを用いることが、公式から禁止されているか

 禁止されていない。ダメージ計算はあくまで手計算、電卓での計算を簡略化するものであり、ダメージ計算論争は、対戦中の時間的制約の中で人力を超える方法を使ってよいかということにその発端がある。時間的制約のない対戦外でダメージ計算を用いることには何の問題もないと考える。また、参考として、公式大会でも事前にダメージ計算をすることが禁止されているわけではない。

④公式から禁止されていないとしても、対戦外または対戦中にダメージ計算ツールを使うことはマナー違反ではないか

 当然、マナー違反ではない。ポケモン対戦は、長い年月をかけて公式とプレイヤーによって形作られていった一つの文化である。そして、ダメージ計算はポケモンプレイヤーによって一般的に使われているツールである。ダメージ計算を使える、ということは、もはや当たり前のルールと化している。郷に入っては郷に従え、の言葉の通り、ダメージ計算を使うことに何の問題もない。海外の人が日本に来て、「蕎麦を音を立てて啜るのはマナー違反だ!」と言ってきても、いや日本では長年そうしてきましたけど?嫌なら自分の国に帰ってください、となるのと同様、文化に適用できないのであれば自分の好みに合ったゲームをしてください、としか言いようがない。

 なお、ポケモン対戦というものはそもそも命中不安技、状態異常や急所など、運が絡む不確定要素があまりに多く、ゲーム性として優れたものとはいえない。長期的な目で見ると実力はそれなりに出やすいゲームではあるが、ぶっちゃけ対戦上位勢の構築記事を見ても、「このポケモンは命中不安技をたくさん当ててくれて本当に偉かった」「低いレート帯の人としか当たらなくてレートが盛れなかった」と書いていることが多く、じゃあ最後の最後は結局運じゃん、と思うことはままある。その不完全さを、初心者や実力で負けている人にも勝ち筋がある面白い要素、と捉えるか、どんなに実力があっても運負けを誘発する面白くない要素と捉えるかは、人それぞれである。将棋とか、より実力が出やすい公平なルールはいくらでもある。もっと良いと思うゲームが他にあるなら、そちらをした方が心の健全に繋がる。それで対戦人口が少なくなっても、それはポケモン対戦というゲームの性質上仕方のないことだと考えている。

 

⑤公式から禁止されていないかつマナー違反ではないとしても、外部ツールであるダメージ計算ツールを使うことはそもそも不健全ではないか

 不健全である。そもそもゲーム内で完結せず、外部ツールを用いなければ対戦が成り立たないというのは不健全である。ここまでポケモンプレイヤーの中でダメージ計算ツールが普及している現状、本来であれば、公式がゲーム内にダメージ計算ツールを組み込むのが健全であろう。

 

⑥そもそもダメージ計算ツールを使えば対戦に勝てるのか、

 ダメージ計算を上手く使える人(相手のポケモンの育て方まで分析してそこから自分の戦術を構築する人)もいれば、ダメージ計算を使うのが下手な人(相手の攻撃を耐えるかどうかだけ計算して結局戦術に反映しない人)もいる。ダメージ計算が使えても、素早さ関係やタイプ相性などの他の対戦知識がない人もいる。また上述の通り、命中不安定技、状態異常、急所などの不確定要素もある。したがって、ダメージ計算ツールを使っても対戦に勝てるとは限らない。

 

 ということで、ダメージ計算論争についてのあれこれでした。

梅雨の特別企画:帰ってきたウルトラマン第33話「怪獣使いと少年」、ウルトラマンメビウス第32話「怪獣使いの遺産」感想記事

 皆さんこんにちは、igomasです! ウルトラマンの名作を振り返るシリーズ、ウルトラ名作探訪のお時間です。今回は、先日公式YouTubeで配信された、帰ってきたウルトラマンのムルチ回感想記事です。かなり重い作風で、放送当時から視聴者に強い印象を残し続けている名編。帰ってきたウルトラマンの中でも、5本指に入るくらい有名な回ではないでしょうか。おまけで、続編となるメビウスのゾアムルチ回も感想をつけています。それでは、さっそく見ていきましょう!

 

↓前回のウルトラ名作探訪はこちら

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帰ってきたウルトラマン第33話「怪獣使いと少年」

 日本人は一旦正しいと思えば、どんなに残忍な行為でも一緒になって平気でやってしまうところがある、というのを、環境問題と絡めて描いた名編。警察や市民が、郷が静止したにもかかわらず子供やお爺さんに容赦なく攻撃を仕掛け最後には死に至らしめるシーンや、そこから怪獣ムルチが現れて、工場の排気ガスに汚染された雨の街で戦うシーン。いずれもメッセージ性が強く出ており非常に良かったです。良少年がパンを売ってもらって、少し笑顔が戻るシーンとかも、微細な感情の変化にリアリティがあって好きなシーンですね。

 他方で、全体としてみるとあまり手放しには褒められないかなと。先にも言ったとおり、本作の1番伝えたいメッセージは、日本人の持つ残忍性とそれに対する怒り。ならば一番の見せ場はメイツ星人が死亡し、郷が市民に対して怒りを抱くシーン、ここのドラマ性だったのではないでしょうか。本作は意外にもメイツ星人死亡からのムルチ登場、郷の怒りがあっさりとしていて、どちらかといえば良少年がいじめられるパートの方がじっくり描かれています。日本人の群集心理に重きを置くなら、「中学生の悪ガキ3人」という小さなコミュニティではなく、もっと一般市民の感情をドラマとして描いた方がよかったのではないかなと思います。良少年に対する市民の思いとか、警察の動きとか、そっちを描いた方が、一般市民がメイツ星人を殺すシーンや、それに対する郷の怒りに、より説得力が増したのかなと。

 また、良少年がいじめられるシーンも、あまり良いものとは思えません。たとえば土に埋められて頭から泥水をかけられるシーン。ただ泥水をかけるだけじゃダメだったのか、土に埋める必要があったのか。絵面としても小学生くらいの子供がこんな仕打ちを食らっている様はあまり見たくはないです。悲惨さを出すとしても、もう少し別の表現方法がなかったのかなと。釜のご飯を地面にひっくり返させられて、拾おうとすると踏まれるシーンも、長尺にした割には後半ただの画像で済ませており、あえてシーンとして入れた割にはそこまで効果的になっていないのも微妙。あげく犬を爆発させるのはさすがにやりすぎで、やや悪趣味に思える作劇になっています。本作の伝えたい、根幹のメッセージ性自体は素晴らしいものですが、見せ方をもう少し変えれば、もっとメッセージが伝わるものになったのではないかと思います。だから手放しには、褒められません。そんな1話でした。

 あと個人的な好みの問題ですが、せっかくセンス抜群のタイトルなので、ムルチ登場時に一般人に一言「あいつ怪獣を放ってきたぞ」って言わせてタイトル回収させるとかあっても良かったかも。

 

 ということで、ムルチ回感想でした。ウルトラ名作探訪は、名作とはいえ、褒めるところは褒め、駄目なところは駄目と言う、をコンセプトに始めたシリーズなので、まさにそういう記事になったのではないかと思います。

 

ウルトラマンメビウス第32話「怪獣使いの遺産」

 良少年が結局どうなったのか、これを濁したままにしているのが、原作の空気感を守っておりとても良い。あと回想の良少年が笑顔なのも良い。色々と良少年の描き方に難のあった原作が、救われた気がして、凄く良い。そして、良少年を通じて、宇宙人と共存したいという気持ちが園長先生や保育園の子供に受け継がれていくという流れも、本当に良い。ただ、リュウ隊員が命令違反してメイツ星人を即撃ってるのがほんとダメ。めっちゃノイズ。そんな1話でした。

 あと脚本の都合とはいえ、「明らか村を襲っている宇宙人を前に、園児達を逃がさないで突っ立っている園長」という構図が不自然で、ここもあまり上手くないなと思うところ。

 ムルチ回が良い形で美化された点では評価できますが、話の都合とはいえリュウ隊員がだいぶ戦犯なのが歯がゆい回。各話評価でいうと○(△寄りの○)くらいの回でした。

 

まとめ

 ということで、ムルチ回、ゾアムルチ回の感想でした! テレビで再放送するのが特に難しいこういう話を、YouTubeを通して配信してくれるのは、本当にありがたいです。こういう配信を通して、ウルトラマンに興味を持ってもらえるきっかけにもなりますし、公式配信はめちゃくちゃ良いなと思います。今後も何か語りたいものができれば、記事にしたいと思います。

 それでは、また次の記事でお会いしましょう。igomasでした!

 

↓前回の特別企画記事はこちら

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ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー感想記事

 皆さんこんにちは、igomasです。今回は、ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービーの感想記事です。前作も面白かったので、今回も楽しみですね。それでは、さっそく見ていきましょう!

 

注)ネタバレを含みますので、未視聴の方はまずは映画館でぜひご視聴ください。

 

感想

 クッパJr.のキャラが良かったですね。お父さん大好きっ子で、応援したくなるキャラでした。今作はマリオやピーチを応援したくなる一方、敵側のクッパJr.も応援したくなるので、スポーツで両方のチームを応援してる感覚になります(笑) クッパJr.は、スーパーマリオワンダーやスーパーマリオサンシャインの要素もちらほらあり、原作由来のメカニックな要素が強調されていました。

 原作では、普段と違って宇宙征服の野望に燃えるクッパの壮大な計画が若干浮いているのですが、今作ではその理由づけがしっかりしていました。クッパJr.が小さい頃、子供を喜ばせるためにクッパが壮大な計画を語っていた、っていう、めっちゃ良いアレンジ。

 前作は「ドンキーコングはクランキーコングの息子」という、原作ファンがひっくり返るキャラ改変をやりましたが、今作では「ロゼッタはピーチ姫の姉だった」という新設定をぶち込んできました。ロゼッタの絵本に描かれていることって、基本的にロゼッタの自分語りなので、冒頭でおやおや?とは思っていたのですが、ここも綺麗に回収していました。今作のテーマは、クッパとクッパJr.の関係に代表されるように「家族」だと思うので、姉妹設定を入れるのは映画として見るとセオリー通りって感じがしました。さすがにぶっ込み過ぎているので、この設定がゲームに逆輸入されるかは、様子見といったところでしょうか。

 キノピオは今回も続投。ペンギンキノピオに変身し、前作よりアクションに磨きがかかってました。キノコ王国に降り注いだ黄色チコを探すシーンで、一瞬キノピオ隊長っぽい格好になってるのも良い。黄色チコは意外と出番少なめでした。

 今作はどちらかといえば、『ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー』というより、『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー2 ロゼッタとスーパーマリオギャラクシーの象徴的なシーンを添えて』って感じ。ピーチの手紙とか、キノコ王国のお祭りにスターピースが降ってくるところとか、UFOがピーチ城を地面ごと持ち上げるシーンとか、ほうき星の天文台が変形してクッパの大銀河帝国に突っ込んでいくシーンとか、原作そのものでしたね。他方、登場する場所はほうき星の天文台、書斎、ヘブンズドアギャラクシー、クッパの大銀河帝国くらいなもの。原作にあったバラエティ豊かなギャラクシーはいずれも登場せず。ヘブンズドアギャラクシーも大改造されててもはや別物になってました(笑) 色んな星に行って色んな宇宙人に会う、のではなく、色んな宇宙人がヘブンズドアギャラクシーに集まっている、そんな感じ。もうちょっと、ガブリュウとかベーゴマンキングとかポルタとか、宇宙ならではのバケモノ感のあるキャラたちが見てみたかったなと。なので、純然なスーパーマリオギャラクシーの映画では無いって感じでしたね。スーパーマリオギャラクシーらしい小ネタをたくさん求めていたので、その点はややガッカリ。原作のスーパーマリオギャラクシーの良いところって、ゲームとしての手触り、星が生まれ変わるというストーリー、あり得んくらいカッコいいマリオ&クッパなので、本シリーズに落とし込むのはちょっと難しかったのかなと。パマタリアンは、一セリフだけでも関西弁喋って欲しかったなぁ。

 今回はヨッシー初登場ということもあって、スーパーマリオワールドの小ネタも多かったです。最後の城建設シーンとか、ロゼッタがスーパーマリオワールド仕様になってて激アツでした。マントマリオも登場しましたね。それから最新作のスーパーマリオオデッセイネタも。アッチーニャに恐竜、ホロビアドラゴンが登場しました。あとスーパーマリオUSAを少々。この辺りでネタを回してたって感じですね。何気に、スーパーマリオギャラクシーの魅力の一つであるヘンテコ重力が唯一見られるのが、マムーのカジノという。あと、今作は任天堂キャラクターが多数登場します。フォックスをはじめ、ピクミン、ロボット、そしてMr.ゲーム&ウォッチが登場しました。Mr.ゲーム&ウォッチとホロビアドラゴンの対比は、クッパJr.とルイージの画力の差を表す名采配でした。BGMは、スターフォックスのアレンジ多めでしたね。

 前作のモチーフが、マリオ黎明期のレッキングクルー、スーパーマリオブラザーズ、スーパーマリオ64に加え、ドンキーコングシリーズ、果てはレースゲームであるマリオカートシリーズと、マリオファミリーの幅の広さを見せてくれました。今作はモチーフがいずれも2D、3Dマリオゲームかつ登場する任天堂キャラがマリオ関係ないキャラなので、そういう意味ではちょっと期待してたのとは違いました。エンタメとしては前作の方が好きかなと。もし次作があるなら、やはりマリオの幅の広さを見せてほしいなぁと。マリオパーティーとか、Newスーパーマリオブラザーズのミニゲームとか、マリオテニスとか、そこら辺の小ネタも欲しいなと。

 マリオのマニアックな小ネタは若干少なめ。唯一マニア向けだなと思ったのは、最終形態。前作でいうスーパースターポジションを飾るのが、まさかのフライングマリオというサプライズ。かなりマイナー変身なので(ほとんどの人が一度も見ることなくゲームクリアするレベル)、これを最終形態に持ってくるのは、かなり思い切ったと思います。最後にスピンで倒すというのも乙でした。ここは本当に良かった。それ以外は、ほねクッパにメガレッグ、ドンチュルゲ、チョッキー、クワカブトにUSJのシェフキノピオが出たくらい(まあまあマニアックか?)。

 あと今作は全体的に起承転結のうち、転の部分がほぼなくて、起承結って感じです。そして起承部分がめちゃくちゃ長い。マリオたちがヘブンズドアギャラクシーを出発したり、クッパJr.がクッパを見つけてクッパ軍団再結成したりするまでがかなり長く、だいぶお膳立てに時間がかかってるなと思いました。前作は初っ端からマリオ&ピーチ対クッパの構図が決まってたので、今作の起承の長さが際立ちます。マリオ&ルイージの成長物語という点でも、評論家スコアが前作より低いのはちょっと納得してしまいました。とは言いつつも、映画単体としては結構楽しめましたし、劇場に足を運んで良かったなと思う映画ではありました。

 ルマリーをまさかのポストクレジットシーンで出したのは、めちゃ笑いました。エンドクレジットのサプライズはデイジーでしたね。次作はワリオとか、ワルイージとか、キノピコとか出て欲しいな。ついでにタタンガも(笑)

 そんなわけで、ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー感想でした。次作も楽しみです。それでは、また次の記事でお会いしましょう。igomasでした!

ウルトラマンX 第4話「オール・フォー・ワン」感想記事

 皆さんこんにちは、igomasです。本日は、先日公式YouTubeでも配信された、ウルトラマンX 第4話「オール・フォー・ワン」について見ていきたいと思います。もうエックスも10年以上前の作品ですか。時が経つのは早いものですね。
 それでは、さっそく見ていきましょう!ネタバレありです!

 

《第4話感想》

すっごい荒削りだけど、
全部のキャラを意地でも深掘りする
面白い特撮を見せる
というのが伝わってきて、こういうのは好き

冒頭、めっちゃ強いアスナ
体を反らせての足蹴りは、今見てもほんと凄いです
隊員達の日常って感じがして、こういう訓練シーンは結構好きです
ワタルとハヤトが喧嘩になり、大地とアスナも含めてなんだか険悪な雰囲気に
君らそんなに仲悪くないだろ、さすがに展開雑すぎでは?とは思いました
さて、街にはザラブ星人が現れ、ベムスターが街を破壊。ビル破壊が爽快で良い
隊長は「なんか隊員の雰囲気最悪だな」と察してアスナに出撃命令
大地が襲われて取り乱すアスナ
アスナは大地の危機にパニックになっただけで、ワタルやハヤトと違って、別にチームワークを忘れて個人プレイに走ったわけではないので、後の隊長のお叱りは若干ズレている気もします。
大地はエックスに変身する際、ゴモラを落としてしまいます。ずっと身につけていたゴモラを落としたことで、後でアスナが「大地が死んだ」と思うきっかけになったり、大地がエックスにウルトラフレアの話をするきっかけになったり、こういう小道具の使い方は好きですね。雑っちゃ雑だけど。
エックス着地のダイナミックさとか、下から撮る特撮のカッコ良さとか、飛び上がる瓦礫や砂埃や火花の激しさとか、ウルトラマンがビルを蹴って怪獣に向かうのがヒロイックでありつつも現実的でないところとか、大地が左手をあげて殴ってるのにエックスは右手で殴ってる雑さとか、もう、全部が全部坂本浩一監督。
番組中盤でこれだけ市街地特撮ガツガツやってくれると、やっぱり嬉しいですね
ワタルとハヤトはザラブ星人と戦闘
ハヤトがワタルに出しゃばるなと言ってまだ怒っており、さすがにキャラ変が過ぎないか?
ベムスターはエックスを吸収して去り、大地は死んだみたいな展開に
気持ちを新たに3人はザラブ星人との再戦に臨みます。過程はやや雑ですが、ここのシーン、大地、アスナ、ワタル、ハヤト、隊長、副隊長、マモル、ルイ、タケル、チアキ、グルマン博士それぞれに役割があって、良く描いてるなとも思います。
2台の車がそれぞれドッキングしてザラブ星人を追い詰め、そこに最後の車が駆けつけるって展開は見ていてワクワクしましたね
ザラブ星人を倒すのはそのどれでもなく銃なのかよとは思いましたが
さて最後の車で向かったのは月
エックスを助けるためベムスターに立ち向かいます
中盤で市街地の戦闘、終盤で宇宙戦闘と、場所を分けて味変してくれるの良いですよね
エックスと大地の「一心同体だ」はちょっと雑に入れた感はありますが、ウルトラフレアについて両者の情報共有があったのは、序盤の展開としては非常に堅実で良いと思いました
生きていた大地に、アスナが話しかけるセリフが良い。大地とは同世代なんだけど、ちょっと先輩というか、お姉さん的な感じの立ち位置が良いですよね
そんなわけで4話でした

まぁ、粗は結構ありますし、ツッコミどころも多いですが、荒削りでも人物描写頑張るぞって姿勢が見えればまぁ良いかとなるものです
特撮も色んな画角で楽しませようとしていて良かったですね

 

 ということで、ウルトラマンX第4話感想でした。またこうやってニュージェネから単発で感想を書いたりすることもあるかもしれません。それでは、また次の記事でお会いしましょう、igomasでした!

 

↓ 以前書いたウルトラマンエックスの記事はこちらから

igomas.hatenablog.com

ウルトラマンのフォーマットについて

 皆さんこんにちは、igomasです。本日は、ウルトラマンのフォーマットについて、かなり深いところまで考えていければと思います。それでは、さっそく見ていきましょう!

 

 作品のフォーマットとは、作品づくりにおける「型」のこと。昭和・平成ウルトラマンでは、怪獣が現れ、主人公ら防衛隊が怪獣と戦い、負けそうになった時にウルトラマンが現れる。それ以外にこれといった縦軸はなく、あるとしてもほんの少しアレンジが加わる程度(エースの超獣、ダイナのスフィア怪獣、ガイアの根源破滅招来体、ネクサスのスペースビーストなど)。基本的には上記フォーマットを通年50話続けるのが、従来のウルトラマンでした。以下、これを「旧フォーマット」と呼びます。

 しかし50周年になって、新たなフォーマットが登場しました。ウルトラマンギンガ、ギンガSでその片鱗を見せ、ウルトラマンオーブで開花した、「新フォーマット」です。ウルトラマンオーブでは、メインヴィランが登場し、ヴィランが怪獣を召喚する。ウルトラマンがそれと戦う、という構図が取られました。主人公は防衛隊に所属しておらず、防衛隊は話の中心から離れていきました。以降の作品でもこの新フォーマットが採用され、ウルトラマンジードではついに、防衛隊が登場しないウルトラマンが誕生しました。

 たびたび言っていますが、旧フォーマットは文句のつけようのない、完璧なフォーマットです。怪獣が現れ、人間が抗おうとし、そこに第三者的な立ち位置として、ウルトラマンが介入してくる。これがウルトラマンシリーズの一番の面白さです。それを体現している旧フォーマットは、手放しに褒められる、秀逸なフォーマットです。

 対して、新フォーマットは色々と難点があります。怪獣という、存在するだけで脅威となる存在。そんなものが突然街に現れて、国が何の対策もしないということは普通あり得ない。怪獣が出たら防衛隊が設立されるのが自然な流れです。ウルトラマンジードのように、そもそも防衛隊が出現しない作品は、途轍もなくリアリティに欠けるわけです。ウルトラマンはそもそも、ウルトラマンや怪獣という虚構の存在を登場させるフィクションです。そこに一定程度のリアリティが加わることで、視聴者は作品に共感・没入できるわけです。怪獣が出ても防衛隊が設立されない、そんなリアリティの全くない世界では、浮世離れしすぎていて、登場人物や世界観に共感できない。そうなると、作品のクオリティが著しく下がります。

 また、メインヴィラン制度について。ウルトラマンの面白さは、人間と怪獣の戦いに、第三者としてのウルトラマンが介入してくるところにある、というのは先に述べたとおりです。これが、ウルトラマンと対立するメインヴィランが登場するとどうなるか。話の主軸が、人間と怪獣の戦いではなく、ウルトラマンとメインヴィランの戦いとなるのです。すなわち、ウルトラマンが第三者ではなく、当事者となるのです。これが非常にまずい。ウルトラマンシリーズが積み上げてきた面白さを、かなり台無しにしている部分です。

 そもそも、怪獣という圧倒的な脅威が、メインヴィランによって使役される、いつでも召喚したり戻したりできる下っぱポジションに成り下がるのは、怪獣の魅力を著しく下げてしまいます。

 大前提として、複雑な物語をこねくり回して作品を面白くすることは、素人でも簡単にできます。真に面白い作品とは、構造は簡単なのに、面白い作品だと思っています。作品の基本は、難しいことを簡単に、簡単なことを面白く表現するということです。

 メインヴィランを出せば、メインヴィランの生い立ち、悪に染まった経緯、など色々と描かなければならない。怪獣共存路線を描くのであれば、怪獣との向き合い方について、対立する2つの考え方を丁寧に描写して、相当な説得力のある結論に辿り着かなければならない、縦軸をやるのであれば、謎の出し方、情報の提示の仕方など、相当気を張って丁寧に描かなければならない。やることが増えるし、作品が無駄に複雑になっていく。

 旧フォーマットでは、全体の構造はシンプルにして、各話オムニバス形式の話のクオリティで勝負する、という形式をとっていました。しかし近年の新フォーマットは、全体の構造を複雑にして、そこで勝負をする、という形式になっています。話作りとして、そもそも旧フォーマットの方が上手いわけです。

 以上の理由から、新旧フォーマットでは、旧フォーマットの方が圧倒的に優れている、というお話をたびたびしてきました。この意見は、今も変わりません。

 

 では、ウルトラマンシリーズを旧フォーマットに戻すべきなのか。この点について、以前までは、旧フォーマットに戻すべきという立場を取っていましたが、最近私の考えが変わりました。これ、旧フォーマットに戻さない方が、良いんじゃないかな、と。

 どんなに完璧なフォーマットも、いずれは時代の流れに従って、廃れていくものです。たとえばタツノコプロの、タイムボカンシリーズ。街に三悪(女性1人、男性2人の3人組の悪役チーム)が現れ、メカを使って暴れ出す。主人公らがメカで迎えうつ。完璧なフォーマットだと思います。しかし時代の流れに従って、このフォーマットは通用しなくなっていった。

 たとえばスーパー戦隊。5人のヒーローが悪の組織と戦う、番組後半で敵怪人が巨大化しメカ戦闘になる、中盤で6人目の追加戦士が登場する。本当に素晴らしいフォーマットだと思いますが、時代の流れの中で、一端の終幕を迎えました。

 ウルトラマンの旧フォーマットは、上記の例以上に圧倒的な完成度を誇っており、旧フォーマットのままでいっても、十分シリーズは存続するものとは思います。でもよくよく考えて欲しい。いつかは、ドラえもんでさえ放送終了するかもしれない。いつかは、サザエさん、ちびまる子ちゃん、アンパンマンでさえも、放送終了するかもしれない。どんなに秀逸なフォーマットを持っていても、時代の流れによっていつかは廃れる。その流れにウルトラマンは100年後も、200年後も抗うことはできるでしょうか。

 たとえばポケモンの、サトシ。サトシの旅先で毎回ロケット団(ムサシ、コジロウ、ニャースの3人組)が悪事を働き、サトシがそれを止める。これも完璧なフォーマットでしたが、時代の流れに従って、ついにサトシの物語は幕を閉じました。その後、リコ・ロイを主人公としたお話が始まり、フォーマット自体は凡庸なものになってしまいましたが、それでもたしかに、アニメポケモンは今でも相当な熱量で続いています。

 たとえば仮面ライダー。昭和ライダーと平成1期の作風は全く異なるもので、作風をガラリと変えたことで続いています。平成2期以降はまた平成1期からガラリと作風を変え、より若い年齢層に向けたポップなものへと変化しました。平成2期は、平成1期に比べ、作品のリアリティはグッと落ちました。本ブログでも、ゼロワンについて昔かなり苦言を呈しましたね。それでもたしかに、仮面ライダーは今でも相当な熱量で続いているのです。

 新フォーマットは旧フォーマットに比べクオリティはかなり下がるかもしれない。でも、新しいフォーマットに挑戦することによって、100年単位、200年単位で見れば、シリーズ全体の寿命が延命されているかもしれないのです。旧フォーマットから離れるのは、時期尚早だった感も否めませんが、それでも、遅いよりは良い。新たなフォーマットに挑戦することは、早いに越したことはないのです。

 もちろん、たとえシリーズ全体の寿命が延命されていたとしても、作品のクオリティが下がることを正当化する理由にはなりません。クオリティの低い作品を100作品作るより、クオリティの高い作品を1作品作る方が、はるかに価値がある。手放しで褒められるような、そんな作品が、そろそろ生まれても良いのではないでしょうか。

 新フォーマットを採用してからの、ジード〜オメガ期は、かなり作品のクオリティ的にも苦しい時代でした。縦軸で描くべきことを上手く描ききれなかったり、そもそも登場人物の行動・セリフが支離滅裂だったりと、散々な作品も多く見受けられました。メイン監督もどんどん新しい監督に任せていくなど、かなり実験色の強い10年だったと思います。新しい挑戦により一定程度新規層を取り込めたことは事実ですが、相当数の視聴者層が離れていってしまったこともまた事実です。

 ウルトラマンは、60周年を迎えます。ここが、ある種明確な、「分水嶺」になると思われます。実験的な10年をまた繰り返し、寿命を先細らせてシリーズが終わり、「結局旧フォーマットでずっと作ってれば良かったね」となるのか、さらなる躍進を見せ、「あの10年があったからその後の100年があった」といえるようなシリーズになるのか。この60周年のこの瞬間、右肩上がりになるか、右肩下がりになるかで、今後10年、いや100年を決定づける、そんな重要な瞬間が今だと思います。

 

 新たなフォーマットで、クオリティの高い作品を作る。これは非常に難しいことです。

 そもそも、新しいフォーマット自体に問題がある場合、どうしても頭打ちになってしまいます。その場合、また新たなフォーマットに挑戦する必要が出てきます。

 実際、近年では、さらに新しいフォーマットが誕生しつつあります。デッカーからその片鱗を見せ、ブレーザー、アーク、オメガで開花した、「新々フォーマット」です。前半ではオムニバス形式の横軸中心にして、後半で縦軸を入れる。その際、メインヴィランの介入は極力控えめにする。新々フォーマットは、旧フォーマットと新フォーマットをブレンドしたものになっており、新フォーマットよりかは幾分か優れたものといえます。

 もっとも、この新々フォーマットも問題だらけです。新フォーマット時、2クールかけて縦軸がろくに描けなかったのにも関わらず、後半1クールだけで縦軸を描こうとするのは、今の製作陣的にとって、どだい無理な話です。やはり、前半のオムニバス展開も、後半の縦軸を意識して作る必要がある。オメガはそこを多少意識してやっていましたが、それでも問題点は山積みでした。新々フォーマットでも、いつかは頭打ちになる可能性が高いです。そうした時に、また新しいフォーマットに挑戦する。その繰り返しが、今後のウルトラマンに求められることだと思います。

 これから、様々なフォーマットが出てくると思いますが、私が期待したいのは、ウルトラマンシリーズの面白さを残すこと。つまり、「ウルトラマンの面白さは、人間と怪獣の戦いに、第三者としてのウルトラマンが介入してくるところにある」、これをいかに活かせるフォーマットにするかが、鍵になってくるのかなと。あとは、防衛隊をちゃんと登場させ、最低限のリアリティを持たせること。この2点だけ徹底すれば、あとは自由なフォーマットで、どんどん面白い名作が作り得ると思います。60周年を迎えたウルトラマンシリーズが、更なる躍進を遂げることを祈って、本記事を終わりたいと思います。

 それでは、また次の記事でお会いしましょう。igomasでした!